シンポジウム
於 平成24年度 第7回北海道特別支援教育学会・研究大会(函館大会)
開催期日 2012年(平成24年)7月21日(土)-22日(日)
開催会場 北海道教育大学函館校

北海道教育大学特別支援教育プロジェクトの取り組みと『ほくとくネット』
 
     
   話題提供1   安達  潤  発達支援ツール開発:「すくらむ」研修パッケージ作成プロジェクト
  話題提供2  小渕 隆司  地域サポート:へき地における特別支援教育の課題と展望
  話題提供3  小野寺基史  人材育成部門:学校のための特別支援教育研修プログラムの開発
  話題提供4  萩原  拓  IT活用:大学機能を活用した情報ネットワークの構築と情報提供
   企   画  安井 友康



北海道は大都市の札幌圏と地方の中核都市、広大な地域にへき地・小規模校が展開し、気候風土とともに地域の特性も大きく異なることから、地域の特性に合わせた特別支援教育の支援体制を構築する必要がある。また小規模校には特別支援教育に関する専門的能力のある教員が必ずしも配置されておらず、通常学級で学ぶ発達障害児への教育を困難なものにしている面がある。
 北海道教育大学特別支援プロジェクトは、遠隔地の小規模校を含め、多様な環境で学ぶ特別な教育的ニーズを有する子どもの教育・支援にかかわる質の高い情報を提供するとともに、その情報・教材を双方向に活用して教育現場のサポートにつなげることができるような、発達支援・地域支援システムの構築を図ることを目的としておこなわれた。
 本シンポジウムでは、これらの取り組みと、その調査結果・実践活動などについて報告し、今後の北海道の特別支援教育の展開に関する意見を交換する。

発達支援ツール開発:「すくらむ」研修パッケージ作成プロジェクト

安達  潤(北海道教育大学旭川校)

  
平成11年度の特別支援教育プロジェクト(旭川校)では、上川管内で普及啓発が進められている、育ちと学びの応援ファイル「すくらむ」研修パッケージの作成を行った。この研修パッケージは、講義および研修の動画が納められたDVD1枚と、講義資料及び研修資料、そして「すくらむ」二訂版が納められたCD-ROMがセットになっている。講義動画が全部で5本、研修動画が7本納められており、「すくらむ」を活用するための学びを手軽に得ることができるようになってる。上川管内では「すくらむ」をベースとして、各市町村の支援ファイル作成が進んでいる。また上川を越えて留萌管内においても「すくらむ」をベースとした支援ファイルの普及啓発が進んでいる。また、渡島管内の知内町の支援ファイルの一部に「すくらむ」が提示した視点が取り入れられているなど、一定程度の広がりが示されている。このような状況の中で、「すくらむ」をよりよく活用していくための研修の実施が必要であり、上記の研修パッケージはそれを、地域の小さな単位で可能にするために作成が企図されたものである。この研修パッケージは800部作成され、上川管内の公立の幼稚園、小学校、中学校、道立の高等学校、特別支援学校、全道の母子通園センター、旭川地域の児童デイサービス、上川管内の福祉機関、留萌教育局、北海道教育庁特別支援教育課、北海道特別支援教育センター、北海道保健福祉部保健福祉部保健福祉局などに配布を行った。また、本研修パッケージを活用した研修会を旭川市公立保育所の研修会で行った。その結果、研修前後で架空事例に基づいた子ども理解シート(様式6)における本人欄と環境欄へのエピソード整理の正確性が向上した。具体的には、本人欄への環境エピソードの誤った記入が8.2%から4.5%に減少し、環境欄への環境エピソードの正しい記入が67.5%から89.2%に増加した。さらに、研修後に、子ども理解シートの書き方が研修前よりもよく解ったと答えた参加者は90.7%であった。今後は、地域の研修会の中で本研修パッケージを活用しつつ、特別支援教育コーディネーターを対象とした研修などを行って行ければと考えている。

地域サポート:へき地における特別支援教育の課題と展望

小渕 隆司 (北海道教育大学釧路校)

道東などの広域な地域・へき地における特別支援教育のあり方は地域の実情に見合ったシステムを構築していくためにはどのような資源や要因が必要なのであろうか。これらを検討するために,2011年度北海教育大学特別支援教育プロジェクトの取り組みの一環として多くの離島を抱える長崎県の離島における特別支援教育についての調査報告を行った。
 壱岐市においては市町村の小学校内に県立の特別支援学校の分教室が設置されることで,壱岐市の障害児はどんなに障害が重くても基本的にこの分教室に通学することが可能となった。このことは単に,通学できることになったということのみならず,就学前の発達・子育て支援機関と地域学校教育機関の連携や保護者同士のつながりをもたらした。
 特別支援学校と特別支援学級とでは,その条件も異なり比較することは難しい。しかし,地域で教員が様々な機関の職員や保護者とつながり,さらには放課後の児童デイサービス事業へも発展するなど,教員が地域のネットワークづくりを担っていることは,特筆すべきである。
 北海道の道東地域には,釧路養護学校以外では,特別支援学級しか設置されていない。その地域の教員の力量が,そのまま教育実践,地域のつながりにも直結している。課題を整理するために,これまで釧路校と本学会根釧支部で取り組んできた研修の取り組みについて報告し,根室管内の特別支援教育の展望について提起した。それは以下の3点である。①社会資源の少なさをどのようにカバーし地域における実践共同体を形成するか,②教員の異動に影響されない主体的な教員,組織づくり,③特別支援に限定しない,地域における子育てや全ての子どもを視野に入れた発達保障,である。これらを踏まえた具体的な取り組みとして,障害のある子どもときょうだいを対象にした生活を含んだ視点での支援として,道東の2町でキャンプ,レクレーション活動が計画された。従来とは異なり,大学が主体となるのではなく,地域の保護者,教員が協力し,大学と共同で計画・実施することが特筆された。このことは,その地域の人びとが主体的に活動を展開していける力量の形成につながる,と考えられる。
 換言するならば,その地域の教員や保護者が主体となって,対等な関係で子どもについての語りあい,理解を深めていくプロセスこそが,地域における教育の共同体づくりをすすめていくのである。 
学校のための特別支援教育研修プログラムの開発

小野寺基史(北海道教育大学教職大学院)


1 研究目的および実施方法
特別支援教育を推進する上での望ましい研修プログラムを開発し,全道4地域5箇所を回って実際に研修プログラムを実施した。研修プログラムの有効性については,受講者235名に対して研修前後にアンケートをとり,研修前後の「知識・理解」度と「関心・意欲」度の変化を分析することから,研修プログラムの有効性と課題について考察した。
実施期間は平成24年7月~9月で,札幌市,旭川市,稚内市,砂川市で実施した。
研修プログラムの構成は,「アセスメント」「指導」「校内支援体制」で,それぞれ1時間ずつ計3時間を1パッケージ研修として行った。また,それぞれのプログラムの最後10分程度を演習形式にした。研修のタイトルは,それぞれ「適切な子供理解~心理アセスメントの理解と活用~」「適切な指導~アセスメントに基づいた指導~」「適切な支援~校内支援体制の確立を目指して~」とした。
アンケートの内容は「アセスメント」「指導」「校内支援体制」あわせて全16問(知識・理解に関するもの10問、関心・意欲に関するもの6問)とし,研修後のみ,「理解度」、「満足度」、「興味・関心度」の3問と「要望・感想」の自由記述欄を実施した。

2 成果と課題
アンケートの分析から、全ての質問項目において,1%水準で受講後の受講者の意識に効果的な変化が見られた。また,研修プログラム後の「理解度」、「満足度」については、9割以上の受講者が「全く(概ね)そう思う」と回答した。  
自由記述欄では「研修を受けて、とても楽になった」「2学期以降の指導に生かしていきたい」「学んだことを学校にもちかえり、出来ることから一歩一歩すすめていきます」といった前向きな感想とともに,「3名の講師の先生が1つのチームのように感じました」「第1~第3講を通して(プログラムとして)学習することにより,理解しやすかった」「3つの講義を関連づけて話してくださったのでわかりやすかった」等,「アセスメント」「指導」「校内支援体制」を1つのパッケージとして提供したことに対する感想も多かった。
 全道4地域で本研修プログラムを実施したが,4地域ともほぼ同じような結果が得られたことから,この研修プログラムの有効性が明らかになったと考えている。 
特別支援教育推進のための学校支援に向けて、多くの地域や学校に対して、このような研修の機会を提供していくことが今後ますます重要になるものと思われる。

IT活用:大学機能を活用した情報ネットワークの構築と情報提供

萩原  拓(北海道教育大学旭川校)

 「ほくとくネット」(hokutoku.net)は、北海道教育大学全キャンパスの特別支援教育に関連する教職員の連携による、「北海道教育大学特別支援教育プロジェクト」の一環として構築されたウェブサイトである。ウェブサイトは2011年7月より公開され、現在2万5000を超えるアクセス数となっている。
 「ほくとくネット」は、北海道を中心とした特別支援教育関連の情報、教材、意見交換などの「広場」となることを目指している。この目標とした最大の理由として、北海道の地理的な問題が第一に挙げられる。北海道は日本で2番目に大きい島であり、それにも関わらず市町村間の人口差が非常に大きい。200万人都市から1000人以下の村まである。さらに公共交通機関は、都市部を除いて道外と比べてかなり限られている。密接な情報交換が重要となる特別支援教育を北海道で実践するには、物理的に難しいことが明らかである。このことに加え、全国的な課題点、つまり、①限られた研修機会やリソース、②高機能発達障害のある子どもに対する知識および経験不足、③不確定な個別教育支援計画、④ケース会議開催への困難、などが重なっている。
 インターネットはこのような状況に対する有効なソリューションであり、本プロジェクトでは発足当時からウェブサイト構築を大きな目標の一つとしていた。「ほくとくネット」は、プロジェクトの3つの柱である、「人材育成」、「発達支援ツール」、「地域サポート」の実践的情報の公開を中心に、教育・福祉関連機関で働く職員への情報的サポートを考慮した構成となっている。「教材・素材」は、デザイナーや美術専攻の学生によるデジタル素材のデータベースである。様々な場面に応じたイラストがダウンロード可能である。「アセスメント」ではWISCやK-ABCなどの標準化テストの情報に加え、通常学級でも利用可能なインフォーマルアセスメントの情報も提供している。また、「当事者の研究室」では高機能発達障害のある成人の意見を公開し、専門家によるコメントも合わせて掲示している。道内の特別支援教育関連の動きについては、ブログ形式で情報提供を行っている。
 テクノロジーが進化した現在、ウェブサイトの構築や情報発信はかなり簡便化しており、ウェブサイト運営は北海道教育大学のスタッフにとってもそれほど重荷になるものではない。しかし、最新情報の掲示や社会の動きに合わせたサイト内容の更新を適切に行っていくことは、今後の課題である。また、現在「ほくとくネット」ではオンライン相談を開設してはいるが、利用しているシステムの機能的問題や、教育現場におけるこのような実践がまだ浸透していないことからも、再検討の必要がある。
 特別支援教育分野で、1大学の全キャンパスが共同してこのようなウェブサイト運営をしている実践例は全国にもあまりない。前述した北海道ならではのニーズに応えるためにも、よりよいウェブサイトの在り方を模索しているところである。